定年を65歳へ延長する企業が増える一方、東京商工リサーチ調べでは、2019年度に早期・希望退職者を募集した上場企業は延べ36社、対象人数は11,351人と、企業数、対象人数ともに前年度の3倍と増加し、今後も「構造改革」の名のもと増加傾向にあります。
企業が組織の構造改革を進める一方、早期退職を考える50代の会社員も増えています。
しかし、早期退職にはリスクが伴うため、安易に早期退職を選択し後悔することがないように、退職後の収支を把握してリスクを軽減するための事前準備が必要となります。
今回は、早期退職の注意点や必要な貯金額とともに、メリット・デメリットを解説します。
1.50代が早期退職前に準備すべきことは?
「退職金の割増」を理由に事前準備もなく早期退職すると、再就職先が決まらない、老後の生活設計ができない、など大きなリスクを抱えることになります。
早期退職を決断する前に準備すべきことは次の3つです。
1-1.早期退職後のライフスタイルを決める
早期退職の事前準備は、退職後のライフスタイルを決めることから始まります。
目指すライフスタイルが明確になれば、準備すべきことも具体的に見えてきます。
早期退職後のライフスタイルは次の4つに大別できます。
- 培ったスキル・経験を活かして65歳、70歳までバリバリ働ける企業に再就職
- 収入に拘らず、自分のペースで働ける企業に再就職(ワークライフバランス重視)
- 得意な仕事、好きな仕事で独立・起業
- 仕事はせずに、貯蓄を活用して悠々自適のセカンドライフ
1-2.早期退職後の生活設計を立てる
20代、30代よりも就業できる期間は限られるため、50代の早期退職後の生活設計は、リスクの軽減に重点をおいて慎重に行う必要があります。
主な収入・支出を洗い出し、老後を含めた生活設計を立てることで、老後破産を回避し、安定した生活を確保しましょう。
生活設計は、公的年金が始まる65歳までとそれ以降に分けて収支を計算すると、イメージしやすいでしょう。
主な収支、支出には次のようなものがあります。
- 日常生活費(住居費、食費、水道光熱費、通信費、交際費、医療費、教養娯楽費、被服費、生活用品費、雑費)
- 社会保険料、住民税、固定資産税、自動車税
- 生命保険料、火災保険料、自動車保険料、傷害保険料
- 住宅ローン
- 子どもの教育費
- 老後資金準備、など
- 退職金
- 失業保険(雇用保険の基本手当)
- 再就職後の給与
- 65歳以降の公的年金
- iDeCoや企業年金、貯蓄、など
1-3.再就職、起業に備えた準備
退職後は仕事をしない人を除いて、退職前から再就職(起業)の準備することをお勧めします。
転職市場が拡大しているとはいえ、50代になると希望する仕事に就ける確率は低くなり、また大幅な減収となる可能性も高まります。
そのため50代の再就職は時間がかかるケースが多く、転職エージェントに登録するなど早めに活動することがポイントです。
1-4.必要な貯蓄額は
退職時までに必要な貯蓄額は、前述の早期退職後の「ライフスタイル」と「生活設計」を前提に計算できます。
早期退職後から65歳までの支出と収入、年金が始まる65歳以降の支出と収入の差額が、必要な貯蓄額です。
1-4-1.必要な貯蓄額の計算例
計算例①
50歳退職でリタイア、生活費が夫婦で月35万円、65歳からの年金額は夫婦で月22万円、85歳死亡の場合(住宅ローン、子どもの教育費は不要)
65歳まで:35万 × 12か月 × 15年間 = 6,300万
65歳以降:(35万 – 22万) × 12か月 × 20年間 = 3,120万
合計:6,300万 + 3,120万=9,420万
(退職金が3,000万あれば6,640万)
計算例②
50歳退職、生活費が夫婦で月30万円、早期退職後の世帯収入が月30万円、65歳からの年金額は夫婦で月22万円、85歳死亡の場合(住宅ローン、子どもの教育費は各1,000万)
65歳まで:1,000万 + 1,000万 = 2,000万
65歳以降:(30万-22万)×12か月 × 20年間 = 1,920万
合計:2,000万 + 1,920万 = 3,920万
(退職金が3,000万あれば920万)
計算例③
50歳退職、生活費が夫婦で月40万円、早期退職後の世帯収入が月50万円、65歳からの年金額は夫婦で月30万円、85歳死亡の場合
(住宅ローン、子どもの教育費は各1,000万)
65歳まで:1,000万 + 1,000万 - (10万 × 12か月 × 15年間) = -1,800万(黒字)
65歳以降:(40万 - 30万) × 12か月 × 20年間 = 2,400万
合計: ―1,800万 + 2,400万 = 600万
大雑把な計算例ですが、収入の変化や住宅の改修、車の購入など予想可能なものを加味して収支を計算しましょう。
計算例②、③は、一定の収入で再就職し65歳までの世帯年収が変わらない前提ですが、再就職先が決まらないケースもあります。
当面の生活費は別途準備するなど、不測の事態に備えて余裕を持った貯蓄準備をしましょう。
1-4-2.収支計算上の留意点
主な支出、収入の計算する上で次の4点に留意が必要です。
支出は予想以上に高額になり、収入は少なくなりがちであることを前提に考えていきましょう。
①無職の場合、社会保険料は大きな負担
再就職すれば社会保険料は給与天引きされるので気になりませんが、無職の場合は自分で支払う必要があります。特に前年の所得の高い人の国民健康保険料は高額になります。
国民年金保険料:全国一律で月16,410円(令和元年度)
国民健康保険料:市町村ごとに前年度の世帯年収に応じて計算
(立川市の例)夫・前年の給与収入300万円、妻・120万円、子ども2人の場合
年間保険料:376,000円(月平均31,333円)
②退職金にも税金がかかる
退職金にも所得税、住民税がかかります。
実際に受け取れる税引き後の退職金額を確認しておきましょう。
- 課税退職所得の計算(A):(収入(退職金)- 控除額)× 1/2
- 控除額(勤続20年以上):800万円+70万円×(勤続年数-20年)
- 税額:A×B-C
A 課税退職所得金額 |
B 税率 |
C 控除額 |
1,000円〜1,949,000円 |
5% |
0円 |
1,950,000円〜3,299,000円 |
10% |
97,500円 |
3,300,000円~6,949,000円 |
20% |
427,500円 |
6,950,000円~8,999,000円 |
23% |
636,000円 |
9,000,000円~17,999,000円 |
33% |
1,536,000円 |
18,000,000円~39,999,000円 |
40% |
2,796,000円 |
40,000,000円以上 |
45% |
4,796,000円 |
計算例
勤続30年、退職金3,000万の場合
・所得税額
控除額:800万+70万×(30年 ― 20年)= 1,500万
課税退職所得:(3,000万 - 1,500万)×1/2 = 750万
所得税額:750万×23%-63.6万=108.9万
・住民税:750万 × 10%(一律)=75万
・合計:108.9万 + 75万 = 183.9万
③会社都合退職なら失業保険(雇用保険の基本手当)の受給が有利
「希望退職制度」「早期退職制度」「早期退職優遇制度」など企業により制度名が異なり分かりにくいですが、人員整理を目的に期間を限定して行う希望退職制度と、社員が退職時期を自由に選択できることを目的にいつでも使える早期退職制度に分類できます。
希望退職制度を利用した場合、雇用保険上は会社都合退職となり失業保険の待期期間がなく、また自己都合退職となる早期退職制度利用より長い期間受給できます。
失業保険は次で計算する基本手当日額を、所定の日数分受けることができます。
- 基本手当日額:賃金日額(退職前6ヶ月の賃金合計÷180)×給付率(50~80%)
- 所定の給付日数:45歳以上60歳未満、20年以上雇用保険に加入、会社都合退職(特定受給資格者)の場合、最大330日給付
失業保険の計算例
50歳、20年以上雇用保険加入、賃金日額15,000円の場合
・基本手当日額:15,000円 × 50%(給付率)=7,500円
→1日当たり7,500円が、最大330日受給できます。
④早期退職により将来受け取る公的年金額が減る
早期退職により将来受け取る公的年金額は、定年まで勤務するより減る可能性があります。
年金定期便に記載の見込額は、50歳以上の人が60歳まで現在の加入条件を継続することを前提に試算しているため、早期退職により前提条件が変わります。
早期退職を前提とした見込額は、年金事務所、または日本年金機構が運営する「ねんきんネット」で確認できます。
2.早期退職のメリット・デメリット
定年延長で就業期間が延びたため50代は第二の人生を考える転機と言えます。
しかし、早期退職にはリスクがあるため、下記のメリット・デメリットを十分に把握して上で、慎重に検討しましょう。
2-1.早期退職のメリット・デメリット
早期退職の主なメリットは次の5つです。
2-1-1.退職金が割増される
希望退職制度、早期退職制度を活用することで、多くの場合、退職金が割増されます。
大企業では数千万単位の割増も珍しくはありません。
また、もともと転職や企業を考えていた人にとっては、退職金が増えるいい機会と言えます。
住宅ローンや子供の教育費が重なる場合は、退職金で一括して支払うことも可能です。
2-1-2.失業保険が有利に受けられる(希望退職の場合)
希望退職で早期退職した場合は会社都合退職となり、有利(待期期間なし、受給期間が長い)に失業保険を受けることができます。
2-1-3.転職活動に有利
「希望退職制度を活用して自主的に辞めた」という退職理由は、再就職の際、不利になることはないでしょう。
また65歳までに退職、あるいは会社が倒産などの事態も考えられます。
その場合と比較して、年齢が若い分、転職活動は有利でしょう。
2-1-4.仕事の選択肢が増える
経済的に余裕をもって早期退職できれば、仕事のペースを落とす、好きな仕事をする(または起業する)、これまでの仕事とは別の分野にチャレンジする、ゆっくり仕事探しをする、など仕事の選択肢を増やすことができます。
2-1-5.自由な時間が手に入る
早期退職により自由な時間を手に入れ、大学で学ぶ、旅行する、再就職前提で長期のリフレッシュ休暇を取る、などセカンドライフを充実させることもできます。
2-2.早期退職のデメリット
早期退職の主なデメリットは次の5つです。
2-2-1.希望する再就職先が見つからない
再就職先が決まらない、収入が大幅に下がった、再就職先の仕事や人間関係に満足できず直ぐに退職した、など思い通りの仕事に就けないリスクがあります。
安定した収入が得られないと日常の生活費が重荷になります。失業保険で賄える間はいいですが、無職の状態が長期化して退職金に手を付けてしまうと老後の生活設計に支障が出るため、退職前の余裕ある資金計画が重要になります。
2-2-2.公的年金が減少する
早期退職しなければ得られていた公的年金額が、退職後の収入ダウンや国民年金への移行によって減少します。
iDeCoの活用など、老後資金準備で補う方法も検討しましょう。
2-2-3.仕事をせずに悠々自適な生活は難しい
早期退職後、仕事をせずに悠々自適の生活を過ごせる資産を持つ人は少数です。
また時間がある分、かえってお金を使うことになり、老後生活をゆっくり過ごす予定だったのに老後資金が底をついた、というケースもあります。
地域活動への参加する、お金のかからない趣味を持つ、などの方法もありますが、短時間でも仕事をすることをお勧めします。
仕事によって収入を得るだけでなく、人と交流し、頭や体を動かす機会を得ることもできます。
3.まとめ
人生100年時代、長寿化で50代は人生の折り返し地点となりました。早期退職を検討することは、これまでの人生を振り返り今後の生活設計を考えるいい機会だと言えます。
早期退職を選択する場合は、リスクの低減に留意してしっかりと事前準備をして、充実したセカンドライフを手に入れましょう。
・生命保険会社を経て、社会保険労務士事務所(http://anshin-roumu.com/index.html)を開設。
・保有資格は社労士資格、FP2級、生損保各種販売資格
・得意分野は、人事・労務、金融全般、生命保険、公的年金